2017年4月19日、ひとつの伝説が終わりを告げました。

ー AKB48 小嶋陽菜 卒業。

彼女を知ったのは、デビュー当初、かれこれ11年以上も前。こんな記事を書いているくらいなので、言うまでもなくそれからずっと "こじはる推し" なわけです。今回、彼女の卒業という大きなイベントに直面して、これまで11年以上見てきたことから、自分なりに分かった彼女の魅力などをつらつらと書いてみようかなと。

まず、彼女を一言で表すと「努力を見せない努力人」だと思っていて、誰よりも AKB48 というグループのことを愛し、アイドルである自分の輝かせ方を追求し、さらには周りをも輝かせる才能があったように思います。 才能という言葉で表すのはちょっと違いますね。「努力に裏付けされた能力」という方がいいのかも。

ただ、表面上はどこかゆるくて、ふわふわしていて、というようなイメージがあるので、その "努力してる感" が表面には出にくかったんですよね。むしろ、それが彼女の魅力だったのだろうと。でも、11年もの間、しかも30歳手前まで、アイドルを続けるというのは並大抵のことではないはずです。親友でもある元メンバーの大島優子も「アイドルで居続けることを努力した人」と語っていました。

振り返ってみれば、デビュー当初から彼女は自分の魅せ方を分かっていたように感じます。秋元康先生も、卒業公演時に送った手紙の中で「君は手がかからないメンバーでした」と振り返っていました。「手がかからない」というのは、自分で状況を判断し、自分の立ち位置を理解し、振る舞うことができたということなのだろうと。代々木での卒業コンサート「こじまつり」で、自らプロデュースを手掛け、卒業前のお祭りを見事に盛り上げてみせたことも話題になりましたが、これもデビュー当時から、いや、彼女自身の根本的な部分が、今日までブレなかったからこそできたことなのだと感じています。彼女の自己紹介キャッチフレーズ「埼玉県から来ました。こじはること小嶋陽菜です」がデビュー当初から変わっていないのも、そんなブレない信念を象徴しているように思えるんですよね。

はっきり言えば、彼女は AKB48 において、"中心的" なメンバーではありましたが、"中心" ではなかったでしょう。AKB48 の中心は、やっぱり、あっちゃんであり、優子であり、たかみなだった。でも、一方で、あっちゃんや優子、たかみなが "中心" で居られたのには、小嶋陽菜という存在は大きかったと思います。

率先して、グループを引っ張るでもなく、裏方に徹するわけでもないという絶妙なポジションには常に彼女の存在がありました。言うなれば、皆の "心の拠り所" みたいな感じなんですよね。自分からは、誰かと積極的に引っ付くことはないのに、いろんな人が寄ってくる。たかみなにしろ、優子にしろ、麻里子さまにしろ、グループ内にこじはるファンが多かったのも、そんな彼女の独特な雰囲気があったからなのだろうなと。

たかみなが「(小嶋陽菜は)一番ドキュメンタリー向けじゃない人」と表現していましたが、この言葉が表すように、彼女には良くも悪くも、裏表がなかったんですね。もちろん、アイドルという職業上、自分を演じなければいけない場面はいくらでもあるでしょうし、それが悪いかというと、ファンもそれを求めている部分があるので、全然問題はないはずです。でも、彼女にはその "いやらしさ" がなく、常に自然体で存在していたんです。そりゃ、アイドルのドキュメンタリーなんて、ある意味、「裏を見せてなんぼ」みたいなところがあるわけなので、たかみなの言うことはよくわかります(笑) 

でも、おそらく彼女の中ではたくさんの葛藤があったと思います。グループ結成当初のオリジナルメンバーとして、AKB48 を想う気持ちは強かったでしょうし、あっちゃん、麻里子さま、ともちん、優子と、グループを結成時から支えてきた盟友がそれぞれの夢に向かって卒業をしていく中で、不安や失望感、危機感に苛まれることはあったでしょう。さらに、2016年には、AKB48 グループ総監督であり、ノースリーブスとしても、同じ初期メンバーとしても、強い絆で結ばれていた、高橋みなみが卒業しましたが、彼女はそんな葛藤を表には出さなかったのです。

ただ、この頃から、彼女の思いはより一層グループの方に向いていったように感じます。それは同時に、自分の卒業に向けての最終準備に入ったということを意味していました。結果として、2016年の選抜総選挙に、謎の候補者「にゃんにゃん仮面」として出馬し、当選スピーチで卒業発表をしたわけですが、この発表に、たかみなの卒業が関係なかったかというと、そんなことはないはずです。

先ほども書きましたが、AKB48 において「高橋みなみ」という存在は偉大でした。初期メンバーとしてだけでなく、その責任感で、総監督としてグループ全体の精神的支柱でした。彼女無くしては、AKB48 は存在し得なかったといっても過言ではありません。そんな、大きすぎる存在が卒業するということは、グループの "支え" が急に無くなってしまうということですよね。でも、見方を変えれば、たかみなが卒業という決断をした背景には「もう、私の支えがなくても、このグループは大丈夫」という思いもあったのではないかなと。もちろん、たかみなが抜けることによって、様々な場面で、これまでと同じやり方では通用しなくなるのは確かです。でも、それも乗り越えていけると思えたからこその、たかみなの「AKB48 を愛し、信じる気持ち」がそうさせたのだろうと、個人的には思っています。

そんなたかみなの姿を一番長く、近くで見ていたこじはる。期するものがあったのだろうと思うんですよね。たかみなが卒業発表して以降、これまで表に出てこなかった「努力する小嶋陽菜」の姿が、特に強く見えるようになった気がしています。こじはるのあの雰囲気を持ってしても、隠し切れないくらいのグループへの愛情や努力というのが溢れ出たわけですね。

これまでスポットがなかなか当たらなかったメンバーたちが活躍できる舞台を作り、続けてきたモデルの仕事でも積極的に自分をアピールし、これまでのアイドルの常識をリセットするかのように、AKB48 と自らをプロデュースしていきました。自分が仕事の幅を広げることで、これからの AKB48 を引っ張る後輩たちへのエールに変えていたんでしょうね。

彼女は、「今までと同じことをやっていてはダメ。受け身で、素人感とか、何も考えてないことが受けるような時代ではない」と語っていましたが、ここまで大所帯になった AKB48 グループはもはや立派な「プロ集団」です。結成当初の地下アイドルに近かった頃とは、周りの環境も激変しました。だからこそ、こじはるの行動は大きな意味を持つんですね。

総合プロデューサーである秋元康先生がよく「予定調和を打ち破る」ということを言われますが、こじはるの行動は正にこれなのかなと。自分にも、周りにも "新しいステージ" を作り出すというのは簡単なことではないですが、自分の背中でそれを見せることで、後輩たちにメッセージを伝えたかったのだろうと思います。小嶋陽菜らしいなと。

高橋みなみのように、自分が嫌われるのを恐れずに、グループへの思いを発信する人もいれば、 前田敦子のように、オーラで絶対エースに君臨し続けたもの、大島優子のように、豊かな感受性や表現力を武器にグループの存在意義を示し続けたものもいます。AKB48 はまさに多様性の塊です。

その中で、小嶋陽菜という存在は、言葉で表すのはちょっと難しいのですよね。少なくとも、今はいい言葉が見つかりません。 ただ、AKB48 史上最もグループを愛した人、いや「AKB48 を愛する努力を惜しまなかった人」だということは紛れもない事実だと思っています。

お世辞にもそういう姿勢が表に出てくることが多かったとは言えませんが、卒業コンサート「こじまつり」に多くの卒業生が終結したこと、あの秋元康先生が「僕も君に甘え、本当に君が 30 歳を超えても AKB48 にいてくれたらいいなと思っていました」と語ったことが、AKB48 における小嶋陽菜の存在意義を物語っているのかなと。

では、これからの AKB48 はどうなってしまうのか。これまでにも、前田敦子、大島優子、高橋みなみはじめ、大きな支えだったメンバーの卒業を乗り切っていった AKB48。小嶋陽菜の卒業によって、今度こそダメになってしまうのかというと、そんなことはないでしょう。

ただ、これからのグループに求められるのは、先にも書いたように「予定調和」「今までと同じこと」を "やらない勇気を持つ" ことだろうと。小嶋陽菜というメンバーは、そのための "入口" を切り開いてくれたんですよね。そこに、勇気を持って飛び込んでいけるメンバーがどれだけ出てくるか、これが勝負の分かれ目だと思っています。それは、小嶋陽菜の「模倣」をするという意味ではなく、「プレッシャーを背負え」という意味でもなく、メンバーそれぞれが自発的に考えて行動することなんですよね。

正直、こじはる推しだった11年間を言葉で表すのが、ここまで難しいものだとは思っていませんでした。つらつらと書いては来ましたが、実は数日かかっています(笑)個人的に、こういうことは珍しいんですが…

でも、ドキュメンタリー番組の最後に、同じく初期メンバーとして頑張ってきたみいちゃん(峯岸みなみ)が表現した言葉が、ものすごくスーッと入ってきました。

「本当はここにいるべきではなかった天使みたいな存在が、暇つぶしでちょっとAKBに舞い降りて、ひと時の幸せを見せてくれて、元気をあたえてくれて、笑顔をあたえてくれて、『じゃあ、そんな感じでお疲れ!』といってまた舞い戻っていくイメージ」 

これなんですよね。11年間、まるで "長い長い夢" の中にいたかのような不思議な感覚は、こういうことだったんだろうと。

「AKB48 小嶋陽菜」という存在を知れたこと、変わらず応援してこれたこと、これは本当に自分にとっての誇りでもあります。こんなに "特別な人" に出会える確率なんて、計算もできないくらい僅かなことだと思います。

彼女の AKB48 として最後のシングルになった「シュートサイン」の冒頭に、「たった一度の人生で 何度本気になれるのだろう」という歌詞があります。そして、卒業コンサートで「正直言うと、この先 AKB 以上に大好きなものに出会えるかわからない」と語った彼女。

まさに小嶋陽菜の AKB48 人生は、そんな "本気" のうちの一節だったのだろうと思います。これからの彼女が、次の "本気" を見つけるのにどれだけ時間が必要なのか、もっと言えば、見つけられるのか自体分からないし、もしかしたら既に見つけているのかもしれませんが、そんな彼女のことをこれからも変わらず応援していきたいと思いますし、同時に、そんな彼女の背中を見て、彼女が愛した AKB48 というグループがさらに、魅力あるものに変貌を遂げていくことを楽しみにしています。

ー GRAZIE HARUNA KOJIMA 

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