世の中には「聖母」と呼ばれる人間が存在する。 

そもそも、聖母とはキリスト教においてイエス=キリストの母「マリア」への尊称として用いられることが多いが、もちろんそうではない。

比喩の一種だが、人徳を極めた女性や周囲を穏やかに包み込むような優しい雰囲気を持った女性のことを「聖母」と呼ぶことがある。 正確に言えば「聖母のような人間」と表現する方が正しいのかもしれない。

そんなひとりの”聖母”が今、新たな旅立ちを迎えようとしている。 

乃木坂46・深川麻衣。

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彼女は、2011年にAKB48の公式ライバルとして結成されたアイドルグループ「乃木坂46」のオープニングメンバーの一人。シングル曲にも数多く選抜されている中心メンバーである。ビジュアルの美しさ、見ているだけ伝わってくる優しさ、周囲に見せる気遣いなどから、メンバーやファンの間では「乃木坂46の聖母」と呼ばれている。

そんな彼女は2016年1月7日、突然のグループ卒業を発表した。

大切なお知らせ。(乃木坂46 深川麻衣 OFFICIAL BLOG)

「すごい居心地がいいグループなので、ずっといようと思ったら本当にいれる」と語るほど、愛するグループを離れる決断をした彼女の中にはどんな気持ちがあったのだろうか。

彼女の乃木坂46として最後のシングルとなる「ハルジオンが咲く頃」の初回限定盤A付属のDVDに収録された「深川麻衣ドキュメンタリー~永遠はないから」のストーリーを追いながら少し書いてみようと思う。



約1時間の映像の中では、彼女がオーディションに受かるまでのエピソードや初選抜に入るまでの道のり、自らが生まれ親しんだ故郷・静岡を訪ね、これまでの乃木坂46メンバーとしての活動を振り返っている。映像の中で、卒業を決断したのは「突発的な感情ではない」とし、さらに「大変なことが待っていたとしても、 自分が辞めたせいには多分もうしないなと思った」と語る。

高校を卒業し、自分の将来を考えたとき「親に迷惑はかけられない。手に職をつけておかないといけない」との思いから、名古屋にある服飾の専門学校へ進学。周りの友達は専門学校を卒業して服飾関係などの仕事に就いていったが「これが行くとしても最後のチャンス」だと感じ、「就職してずっと後悔するよりも、一回行ってみてダメだったらダメで、その方が自分の中でも納得して終われる」と土壇場で上京を決断した。

そして、見事に乃木坂46の第1期生オーディションに合格した彼女であったが、合格した理由を問われ「運しかないかなと思う」と語る。

こうして始まった彼女のアイドル人生は、最初から順風満帆ではなかった。1st、2ndシングルでは選抜メンバーに選ばれることはなく、3rd「走れ!Bicycle」で初めて選抜入り。 それでも、MVではほとんど映されない状況も経験し、当時は「すごいショックだった」とも振り返っている。

それでも、オーディション合格後に「他人よりも何倍もがんばって、絶対に選抜メンバーに入ります」と力強く語ったように、彼女のアイドル人生はどんどん花開いていく。ファンへの対応はいつも”神対応”、メンバーに対しても、周囲のスタッフに対してもいつも気遣いの気持ちを持ち、いつしか「聖母」 「乃木坂46の良心」と呼ばれるようになった。

日本テレビのプロデューサー・毛利忍氏は「ひな壇にいる深川につい目がいく。オンエアにのっていないときでも収録のはじめから終わりまでメンバーの話を真剣に聞いており、少し聞きづらいときは耳に手をあてて聞こうとする。ひな壇にいる深川だけをずっと観ていられる」と語ったことがある。常に全力で人や仕事に接しようとしている姿がよくわかるエピソードだ。

グループ内にも、彼女に救われたメンバーは多く、”聖母”という愛称を世に広げるきっかけとなった川後陽菜は自身が上京してすぐの頃、東京に慣れるまで学校についてきてくれていたというエピソードをテレビ番組内で披露。

また、同じ年長メンバーとして苦楽を共にしてきた橋本奈々未はこう語る。

「どんな人にも良いところを見出す。嫌な人ってそれぞれにいると思うのに、すべてを否定するのではなく、どんな相手のことも相手の立場になって考えてあげられるし、人の良いところをきちんと良いと認めてあげられる強さを持っている」

これこそが、深川麻衣が聖母と呼ばれる所以なのである。

しかし、そんな誰にでも優しい、相手の良さを認めてあげられる彼女の強さは、時として自分の中での葛藤となっていたこともあるようだ。 

聖母と呼ばれることを「キャラだと思ったことはない。自分は自分でいるつもり」と語る彼女だが、そういうイメージで見ている人たちも多いであろうことに、その期待を裏切れないという思いはあることを吐露している。

同郷のメンバーである若月佑美は「全然怒っていい。それ(聖母というイメージ)がストッパーとなって、私今怒りたいけど、怒っちゃいけないって、止めなくてもいい」と言ったことがあると明かす。

彼女自身も周りが抱いているイメージとは「絶対どこかしら違う部分はあると思う」と言い、「みんなが思っているほどいい人間じゃないのにな…」と苦悩を涙ながらに語っている。それでも「それが重りになっていたというふうに取られると、絶対ファンの人も『ああ、俺たちが言ったからだ…』っていう風に責任を感じてしまうのも嫌だ」とファンへの思いやりも見せる。

そんなイメージとの葛藤も卒業理由のひとつなのかと問われた彼女は、肯定も否定もしないながらも「そういうのも含めて、卒業したら入る前の自分の感覚とかも少し取り戻せるところがあるかなとも思う」と素直な思いを語っている姿は印象的だった。 

インタビューの最後に「変わらずに、生まれ変わるぞー!」と力強く叫んだまいまい。その微笑みを照らす夕陽が、彼女の明るい未来を映し出しているようだった。

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6月15日~16日に地元静岡のエコパアリーナで開催される「乃木坂46 真夏の全国ツアー2016~深川麻衣卒業コンサート」を最後にグループから旅立つ彼女。卒業を控えた今になって改めて振り返ってみると、完璧なアイドルと評されることもあるその裏側には、それ以上に多くの葛藤があったのかもしれない。

映像の中でも、彼女の内面から自然とにじみ出る優しさや気遣い、礼儀正しさが端々で垣間見られた。その聖母感が評価される反面、彼女を苦しめていた部分もあるのかと思うと、少し切ない気分にもなるが、彼女のこうした優しさは、きっとこれからの人生においても強みになるであろうし、大切にし続けてほしい。

そして、この”聖母の卒業”は乃木坂46というグループにとっても大きな意味を持つ。これまで、グループ自体を包み込んでいたベールが無くなるような部分もあるだろう。心の拠り所を一時的にだとしても見失ってしまうメンバーやファンもいるかもしれない。しかし、それは乃木坂46というグループを次のステージに導く力にもなるに違いない。守られていたものが無くなれば、それを埋めようと新しい力が芽生えてくるものだ。

彼女が下した卒業という決断。本当の自分が離れたところで偶像化されていくジレンマ、それに縛られてしまっている自分、誰よりもグループ、メンバー、ファンのことを思いやろうとする気持ち、自分がしたいこと、将来の夢…それらを全部考えた結果、今度は自分が自分らしく生きる別の道を選んだのだ。

そんな彼女を誰にも止める権利はないし、しっかりと背中を押してあげることが一番の卒業プレゼントになるのではないだろうか。まいまいはこれからも「まいまい毎日マイペース」にしっかりと自分の道を歩んでくれることだろう。

最高の旅立ちができることを心から願っている。 

 
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「高校生の頃から行きたかった」という金沢で撮影されたまいまいの「最初で最後の写真集」。秋元康プロデューサーが寄せた「深川麻衣の素顔は微笑みの中にある」という帯の一言も印象的。